カルダモンだもん

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中世ヨーロッパで「スパイスが肉の保存のため防腐剤として用いられた」は本当か?

結論:間違い(という考えを支持する)

中世ヨーロッパの人々は、今では考えられないほどスパイス好きであったが、結局のところそれはスパイスの風味を上回る魅力ある味付けが長らくあらわれなかったためではないかと考える。そんなスパイス好きのヨーロッパ人を変えるきっかけとなったのがフランス料理の発明だ。17世紀以降、ソースの使用に代表される味付けがヨーロッパに広まり、スパイスブームは終焉を迎えた。

スパイス・香辛料(コショウ、シナモン、クローブ、カルダモン)
写真はイメージです。※今回の記事にはあまりカルダモンは登場しません。

1. はじめに

中世ヨーロッパにおいて、スパイスは人々の生活に欠かせない存在でした。大航海時代、バスコ・ダ・ガマやコロンブスの航海の目的のひとつが、コショウに代表されるスパイスの直接取引ルートを手に入れることだったことはよく知られています[※1]。

ではなぜこれほどまでにヨーロッパ人はスパイスを求めたのでしょう。その理由として「中世ヨーロッパでは、コショウに代表されるスパイスは肉の保存に使われ、防腐剤として欠かせない存在だった。そのため人々はこぞってスパイスを求めた。」と昔、世界史の授業で習ったと記憶しています。当時の世界史の教科書は残念ながら残っていないものの、「もういちど読む山川世界史」[1]を見てもやはり「香辛料、とくにコショウは、ヨーロッパにとって肉の貯蔵と調味に欠かせない」ものであった、との記載があります[※2]。

しかし、近年この「スパイスが肉の保存に使われた」説は否定されつつあります。ツァラ(2014)[3]は、この考えは、複数の理由から今ではほとんど否定されていると述べています。このほかにも、トルビー(2004)[4]、羽田(2007)[5]、クロンドル(2018)[6]など、この説を否定する書は枚挙にいとまがありません。

では、いつどのようにしてこの説が否定されるようになったのか。それをたどっていくと、フランスの歴史家ジャン・ルイ・フランドランに行き着きました。彼が1996年に編集した「食の歴史」(日本語版は宮原ら訳(2006)[7])の第28章「一四世紀・一五世紀・一六世紀の調味と料理、栄養学」において、彼自身がその理由を述べています。以下ではフランドランがあげた理由について考察し、「スパイスが肉の保存に使われた」説の是非について検討してみたいと思います。

2. どのようにして「スパイスが肉の保存に使われた」説は否定されたのか

フランドランは、この説を3つの側面から検討し、否定しています。ここではその3つについて順に考察してみたいと思います。

 ①当時最も安価で強力な肉の保存剤は塩であった
 ②肉は現在よりはるかに新鮮なうちに食べられていた
 ③古い肉を食べざるをえない人がいたとしても、彼らはスパイスを買うことができなかった。

①当時最も安価で強力な肉の保存剤は塩であった

中世のヨーロッパにおいて、食物を保存する手段は限られていました。干す/燻製にする[3,6]、塩漬けにする[3,6,7]、酢漬けにする[6,7]などです。とくに塩は保存効果が抜群でした[3]。塩はそれ自体が強い殺菌効果を持っているわけではありませんが、食塩濃度を上げると浸透圧が高くなり、結果として食品から水分が抜け乾燥に近い状態となること、浸透圧により微生物が生存しにくくなることが塩の効果です[8]。浸透圧を利用する保存法としては、砂糖漬け[※3]も同じですが、塩は砂糖より高い浸透圧を得られる点で防腐剤として優れています。同じ濃度(1%)でも食塩水は砂糖水の10倍の浸透圧が得られます[8]。

更に塩は簡単に手に入れることができました[3]。スパイスに比べはるかに安価で入手が容易だったのです。ヨーロッパは海に囲まれているほか、かつて海だった内陸部にも岩塩の産地が多数ありました。オーストリアのハルシュタットやポーランドのヴィエリチカの塩抗は現在観光地としても有名です。塩の生産が今より手間のかかるものだったとしても、アジアからはるばる運ばれてくるスパイスに比べれば安価であったことは明らかです。フランドランは、スパイスが塩の競争相手であったことは決してなかったし、人々がスパイスに塩よりも高く払うことを了承したのは、その保存能力のためではなかったと指摘しています[7]。

ツァラ[3]は「スパイスにはとくに防腐効果はない」と述べています。実際には、スパイスに防腐効果が全くないわけではありません(後述)が、ヨーロッパが輸入したスパイスの大半を占めたコショウには抗菌力はあまりない[6]ことからも、肉の保存のためにわざわざスパイスを用いたと考えるのにはやはり無理があると思います。

②肉は現在よりはるかに新鮮なうちに食べられていた

フランドラン[7]は塩漬け肉を別にすれば、肉は現在よりずっと新鮮なうちに食べられていたと指摘しています。夏場は1日以上、冬場は3日以上前に処理された食肉の販売が禁止されていたこと、15世紀のあるデータによれば、通常、家畜が処理されるのは販売当日であったと述べています。クロンドル[6]も、中世には屠殺した牛は同日中に売らなければならないと特に定めていたと述べています。更に、ツァラ[3]も、中世ヨーロッパには肉がたっぷりあったこと、動物が定期的に殺され、処理され、調理され、食べられていたため、肉を保存する必要はなかったことを指摘しています。

この説明ついても、複数の著者が支持していることからおおむね正しいのではないかと考えられます。しかし、いずれも出典が明示されておらず、その正しさを裏付けるデータを直接見たわけではないため、その正否の判断は一旦保留したいと思います。地域的な差や年代による差もあったかもしれませんし、必ずしもすべての人が新鮮な肉を食べられていたわけではないかもしれません。

③古い肉を食べざるをえない人がいたとしても、彼らはスパイスを買うことができなかった。

この点について、「仮に腐肉を食べた人がいたとしても、それはスパイスの消費者である貴族や裕福なブルジョワではなく、スパイスを買うすべをもたぬ不幸な人びとだったはずだ」とフランドランは述べています[7]。

この考えにも説得力があります。確かに肉が古くなっていた場合、スパイスをかければその臭みをごまかすことができ、食べやすくなったかもしれません。しかし、そのような肉を食べざるを得なかった人が、当時高価だったスパイスを購入できたとは思えません。スパイスは(時々言及されるように)同じ重量の金と同等の価値があったわけではないにしても、贅沢品であることに変わりありませんでした[6]。貧しくてまともな肉を買えなかった人々にとって、高価なスパイスよりも生きていくことに必要な食べ物を得ることのほうがはるかに重要だったことは想像に難くありません。

「スパイスが肉の保存に使われた」説は本当か?

以上の検討から、私も「スパイスが肉の保存に使われた」説は間違っていたという考えを支持します。①③には非常に説得力があると思います。②の正否については一旦保留としましたが、仮に②を抜きで考えたとしても、①③のみで「スパイスが肉の保存に使われた」説を否定するには十分かと思います。

最後にもうひとつ付け加えるとすると、クロンドルは、昔の料理書を見れば、香辛料(スパイス)が保存料として使われたのではないことは明らかだと述べています[6]:「ほとんどの場合、料理の終わりに香辛料を加えるようにという指示があり、したがってその保存効果はまったく期待できない。たとえば、13世紀末に裕福な役人が若い妻のために書いた「メナジエ・ドゥ・パリ」という手稿には、著者は「香辛料はできるだけ終わりのほうで加えるように。早く入れすぎると風味を失うゆえ」と妻に助言している。」これも「スパイスが肉の保存に使われた」説が間違っていることを支持する情報と言えます。

3. スパイスの防腐・抗菌効果

一方で、スパイスに食品の保存効果がないかというとそうでもありません。厳密にいえば大なり小なりスパイスにも防腐・抗菌効果があります。ここではその点についても触れておきたいと思います。

近年の研究によって、特にオールスパイスとオレガノは、サルモネラ菌やリステリア菌などに対して強い効果を発揮すること、シナモン、クミン、クローブ、マスタードにもバクテリアと戦う力があることが認められています[6]。しかしヨーロッパが輸入した香辛料(スパイス)の大半を占めたコショウには抗菌力はあまりありません[6]。

スパイスオイルの抗菌性を確かめた実験[9]でも多くのスパイスに、カビ、酵母、細菌に対する抗菌作用が示されています。しかし、この実験結果を見ても、シナモン、ナツメグ、クローブ、オールスパイスなどの抗菌作用が比較的大きい一方、やはりコショウ(ブラックペッパー)については(一部の酵母や細菌への効果を除いて)抗菌効果は小さく、防カビ効果もあまり期待できないことが分かります。ちなみにカルダモンの抗菌作用は、全般的にコショウよりさらに小さいようです。なお、この実験は、スパイスの成分を抽出したオイルを用いて行われています。スパイスを肉にまぶすような使い方をした場合にどこまでの抗菌作用があるのかは、この実験結果からは判断できません。

4. なぜ中世のヨーロッパ人はスパイスをこれほど求めたのか?

中世を通してスパイスがヨーロッパの人々にとって欠かせないものだったことは事実です。今では考えられないほどスパイスをたっぷり使った料理が中世に好まれていたことは、ほとんどの歴史家の認めるところです[6]。では、中世ヨーロッパの人々がこれほどまでスパイスを求めた理由は何だったのでしょう。ここからはかなり私見も交じりますが、結局のところ、スパイスの風味に魅了されたから、それに代わるほど魅力的な風味が長らくあらわれなかったからではないかと推測しています。

中世の時代のスパイス料理には、十字軍の時代に接したアラブの文化の影響もあるようですが[7]、それだけではなく、ローマ帝国の時代からヨーロッパ人(の上流階級)はスパイス好きでした。特に帝政時代のローマではコショウが好まれ、インドから大量に輸入されていました。「わが帝国に無きものがひとつある。インドの胡椒である」とはローマ帝国皇帝マルクス・アウレリウスの言葉です[10]。プリニウスは、胡椒貿易のために大量の帝国の資産が海外に流出することを嘆いています[11]。

ヨーロッパ人のスパイス好きは、その後の東ローマ帝国や中央ヨーロッパ諸国にも引き継がれました。中世以降もスパイスの消費量は増加を続けます。1400年にヨーロッパでは、約200万ポンド(約1000トン)のコショウと、100万ポンド(約500トン)の他のスパイスを消費していたと推測されています[6]。この時代、コショウ以外では圧倒的にショウガが人気で、かなり差が開いてシナモン、クローブ、ナツメグ、メース他が続きました[6]。余談ながら、ここに名前がでてこないことからもわかるように、カルダモンはヨーロッパでは長らくマイナーなスパイスでした。

これほどまでスパイス好きだったヨーロッパ人ですが、それを変えたのはフランス人でした。17世紀になるとスパイスブームにも衰退のきざしが見え始めます。その大きなきっかけとなったのが、食材から出る旨み(フォン)を使ったソースの発明、すなわち現代に通じるフランス料理の誕生です。ソースの風味がスパイスの風味以上にヨーロッパ人をとりこにしたことで、スパイスブームは終焉を迎えたと言えるのではないかと思います。


※1 当時、東南アジア・インドからアラブ世界を経て地中海に至るスパイス貿易はイスラム商人に支配されていた。

※2 ただし、その後発行された改訂版[2]では、この記述があったコラムは削除されている。

※3 砂糖は中世にはまだ一般的ではなく高価なものだったため、ほとんど使用されていなかった。

参考文献

[1] 「世界の歴史」編集委員会 (2009) もういちど読む山川世界史、山川出版社

[2] 「世界の歴史」編集委員会 (2017) 新もういちど読む山川世界史、山川出版社

[3] フレッド・ツァラ (2014) スパイスの歴史、原書房

[4] アンドリュー・ドルビー (2004) スパイスの人類史、原書房

[5] 羽田 正 (2007) 東インド会社とアジアの海 (興亡の世界史) 、講談社

[6] マイケル・クロンドル (2018) スパイス三都物語、原書房

[7] ジャン・ルイ・フランドランほか、宮原ほか訳 (2006) 食の歴史(2)、藤原書店

[8] 田中宗彦 (1998) 食品加工・貯蔵における塩の機能と役割、日本海水学会誌52(6)、pp.352-358、doi:10.11457/swsj1965.52.352

[9] 武政三男 (1990) スパイスのサイエンス、文園社

[10] 立松和平他 (1988) NHK海のシルクロード第3巻 十字架の冒険者 インド胡椒海岸、日本放送出版協会

[11] プリニウス (中野定雄他訳:1995) プリニウスの博物誌、雄山閣出版